軍曹成長期

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【一気に駆け上がった1年目】

 

 

京都でダーツをしていた約2ヶ月は長期出張期間で週に1回、お遊び程度でしかダーツをしていなかったが、その期間も終わり本格的なダーツライフがスタートした。

 

片道30分。当時車もなかったので電車で10分、徒歩20分を毎日通っていた。

 

私はいわゆる満喫プレイヤーだった。

住んでいた場所が田舎だったため、近くにダーツバーがなかったという事もあるが、満喫に上手いプレイヤーがたくさんいたという事が満喫プレイヤーになった最大の理由だ。

 

そのプレイヤーの1人、翔くんの話をしたいと思う。

 

 

【翔くん(Rt.13)】

 

 

毎日17時に仕事が終わりその足で満喫に向かうと必ず私より先に翔くんがいた。

 

レーティングは13で初心者同然の私から見れば神様みたいに見えた。

 

カウントアップばかりしていた(それしか知らない)私に神様は声をかけてくれた。

 

 

 

 

「良かったらメドレーしませんか?」

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神様から捧げられた一言に私は

「お、泳ぐのか!?」いやいやそんな訳ない。秋だし。

 

 

「セッション的な?」それもない。だって満喫だし。

 

 

 

 

 

コンマ数秒で色々と考えた結果出た答えが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やりましょう」

 

 

 

 

 

 

 

勝負は一瞬で終わった。

 

01は分かる。減らして0ピッタリにすれば良い。簡単だ。だかクリケットとはなんだ?記憶ではひたすら20を狙ってる頃にはゲームが終わっていた。

 

 

 

 

「やりましょう」を選んだ自分をぶん殴りたい衝動を抑えながらこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう1回いいですか?」

 

 

 

 

 

無知とは怖いものである。

 

 

 

 

 

 

その日から毎日メドレーをお願いするようになった。

 

はじめこそ

翔くん0 : 489 軍曹

みたいな試合ばかりだったが1ヶ月もしてくると

翔くん0 : 193 軍曹

みたいな感じで差が縮まっているのが目に見えて分かった。

 

その頃にはRt8になっていたのだ。

 

 

【さらに成長】

 

 

良い勝負とまではいかないが、ワンチャンいやツーチャンくらいの勝負が出来るようになってきた頃翔くんから大会のお誘いがきた。

 

 

「相方がもしかしたら出れないかもしれないから、当日まで分からないけど良かったら大会一緒に行かない?」

 

 

迷う事なく了承した。もし出れなくても、大会の雰囲気などを味わえるだけでも十分に魅力があったし、何よりダーツに大会がある事など思いもしなかった。

 

 

結局大会は相方が出られる事になり参加こそ出来なかったものの、非常に充実したものだった。

 

 

まず翔くんより上手い人が大勢いた。なんの知識も理論もなくAフライト手前まで来ていた私には目から鱗状態。

 

もう朝から夜まで口あんぐり状態だった。

 

 

 

 

何より驚いたのが、フォームが全員違う事。そして私から見て美しくないと思えるフォームでブルを射抜く神様より神様が数人いた。

ゴットファーザーとはこの事を言うのだろう。

 

 

 

 

 

 

興奮冷めやらぬ中、無事大会も終了し、私と翔くん。そして他数名と会場近くのダーツバーに行く事となった。

 

 

何よりダーツが投げたかった。LIVEの帰りにカラオケに直行するような感覚と言えば分かるだろうか。

 

 

 

そこでさらなる飛躍をもたらしてくれるゴットファーザーと出会う事となる。

 

 

 

 

だいぶ長くなったのでこの辺で一旦区切ろう。

では次回